1-bit、5.6MHzのDSDに初めて触れたときのインプレッションは?
早稲田大学の山崎先生が主宰されている1ビットオーディオコンソーシアムで5.6MHz、あるいはそれ以上のものも聴いたことがありました。2.8MHzはスーパー・オーディオCDというパッケージ・メディアとしてのフォーマットが2000年に始まってから、一般的ではないにしても私自身は既に積極的に制作に使用していて、ファースト・インプレッションは「これは聴いた通りの音だ」ということで驚きました。さらに5.6MHzなどを体験すると、これはアナログとか現実空間と同じで、より遠くまで見える。それまで見逃していたものまで見えてくる。物理的にも捉えきれてなかった部分まで聴こえてくるという意味では、2.8MHzと5.6MHzとの差を比べると、実は専門家でなくても誰でもその差が判ります。
改めて確信したことがあるのですが、聴覚も味覚と同じで経験値なんです。この何年かスーパー・オーディオCDの制作で2.8MHzの環境が普通になった中で、ポンと5.6MHzを聴くとその差は歴然です。3ヶ月の海外出張から帰ってきて最初に食べる、手打ちそばとか、寿司の新鮮な感動。これだよなあ、本来あるべきテイストは。
こんなに音がいいMRシリーズですが、使い勝手はどうですか?操作性は?
若い人たちは、若い人たちだけじゃないか?携帯でメールをやりますよね。よくあんなに早く打てるなあといつも驚きです。返信で「はい」だけ返すのも面倒で…携帯の音質では相手の気持ちまで聞こえないからメールのが記号化されていて間違いないんでしょうね、コミュニケーション手段としては。電話なんて本来は音声を伝える道具だったのでに、携帯電話こそ1-bit/DSDにすべきですね。
スイマセン、話がそれましたが、操作性は携帯よりはるかに簡単です。ジョグダイヤル押して、クルクルやれば全部のファンクションにアクセスできますね。MR-1000はさらに楽。初めて触れる人にも、誰にでも使い勝手がよいというのは、これからの道具、もののデザインとして重要なファクターです。さらにその目的として、最重要ファクターとして、音質がよいことです。飾っておくにはかわいいけど音質がよくないmp3がプレーヤーいろいろ売っていますが、自分の心に正直にたずねてみて、本当に音楽が好きな人は1日も早く1-bit/DSDの世界を経験すればよい。
音はmp3でも判りますね。だけど、メインのうた以外の演奏はどうなっているの?とか、その部屋の響きは?その楽器の種類は?どんなピアニッシモのタッチなの?とか、そういう音楽にとって大事な、本質的で、繊細なところ、ミュージシャンがどんな気持ちでひとつの音を発音しているか、また記譜上はデクレッシェンドで最後は消えるように、と書いてあったとしたら、その消え際の離し方はどういうふうに弾いているのかというのは、mp3やCDでは伝わりきらないです。
1-bit/DSDのすごいところは、初めて、そういう演奏上の気持ち、ニュアンス、繊細なところがすべて、耳に聞こえるものはすべて取り込んでしまうことができたことです。近いものはアナログのレコーダーにあったけどCDやProToolsの時代と共に失われてしまいました。どんな気持ちだったのかな?どんな音だったかな?ということは、1-bit/DSDでは、考えたり、推測する以前に瞬間に感じているんです。レストランで食材の微妙な味の違いを、口にいれた瞬間に感じるのと同じです。人間の本来の感性です。ただね、これも料理と同じなんですが、音も味も感性とは経験値に依存するので、20歳くらいでは本質というか、まだまだ美味しいものは判りません。でもだんだんとね。両親が音楽家とか料理人ならきっと幼少の頃からある感覚なんでしょうが。
5.6MHzというのは1秒間に約560万回カウントしているということで、そこまで細かくなった状態で、聴覚限界で聞分けられないところまで来ているんです。5.6MHzのすごいところというのは、プロでも体験したことのない世界であり、しかし普通の人が聴くと逆に「あ、この音はこうだよね」という「あるがまま、その通り」ということを初めて体験できる世界ですね。それを体感するにはヘッドホンのほうが分かりやすいかも知れませんね。(歪みの多いスピーカーより)聞き慣れているヘッドホンのほうがね。2.8MHzでも今言った1-bit/DSDの「その通り感」は同様に感じることができますよ。
本当に誰でもその音の違いを感じることができるのでしょうか?
こどもにでも違いが判ります。楽器を手にしたことがある人なら、あれれれっ、今までの録音って何だったんだ!?って驚きますよ。レコーディングやマスタリングであーだこうだ言う前に、もとの録音が1-bit/DSDであると、こんなにも簡単に「伝わる音」が記録されていたのかと。楽器を演奏したり、それを録音したりすることが本当に嬉しくなります。演奏が面白くなってくると音質は自然とよくなってくるし、それでいいじゃない。
人間の耳というのは、すごいセンサーです。測定器で数値としてでてこない微妙な差とか、無意識のうちにも繊細なところまで捉えています。今まで、たぶん生のライブの音と、録音して再生したものは、間違わない。それはライブとは別のものだと捉えています。だけど、まるで本物のように、と言う段階で人間の聴覚限界が問われるわけです。例えばテーブルから何かコロコロっと落ちたら、それがボールペンだったのか、コインが落ちたのか誰でも判りますね。訓練すれば¥100コイン一個だったのか、バラバラって¥210くらい(笑)だったのか、木の床か、コンクリートだったのか見ないでも判りますね。一々考えていないのに、聞こえてくる音の情報で床の材質が堅いか柔らかいのか、どっちの方向にころがっていったかまで聞き分けてしまうんですね。
実際、そういったインフォメーションまで聴こえるままに取り込めるMRシリーズですが、録音する際に、これまでのデジタル録音機器と比べて気をつけるべきポイントなどはありますか?
今すでに、自宅録音とかPCMのレコーダーで録音をやっている人は、いわゆる「0(dB)に気をつける」ということが頭に入っていると思いますけど、これはいままでと同じです。
録音でもっと大事なことは、マイクをどこに置くか。そしてどこまで小さな音まで聴こえているかなどですね。ノイズが多い環境、今こうして(道路に面しているオープン・カフェで)すぐ目の前の道をクルマが走っているような場合にはマイクは話し手の近くに置く。テーブルの上だと、後で内容が聞き取りにくいから、音源に近づける。マイクを話し手の近くに置いて失われるものは何かというと、この場合は、マイクから遠い人の声とか、どんな車がどんなスピードで走っていたかというアンビエンス。これはmp3録音などだと遠くの音や景色は聴こえないし、このインタビューでも早口でゴソゴソしゃべってると、何を言ってるか判らない。あとで確認してもらえば判りますが、このかなりのノイズのなかで、MRシリーズの1-bit/DSD録音で録ると問題なく、場が再現できます。バックにどんなクルマが通過したかまで判る。その場の情報が欠落していないからです。それからMRシリーズは超高域だけでなく、ロー・エンドもそのまま入りますので、テーブルなどに置く場合は、振動にも注意してください。スタジオ録音ではマニュアル・モード、こういうロケではAUTOモードでもかなりいい録音ができます。まったくの素人が録音してもきれいに録音できます。
MRシリーズで録音すればスペック的には誰でもプロのように録れる。一番に気をつけることは、「まず面白いところに行く」(笑)。デジカメでも同じですが、ニュースみたいなもので、その場に居あわせないことには録れない。1950年代のマイルスのあの演奏は凄かったって言われても、今から時空を超えては行けないわけですよ。だから自分が行ける場所で録ってくるのが勝ち。(笑)
今ここでサングラスからマイクを耳に付けているような状態。これバイノーラル録音って言うんですけど、インナー・イヤ型のヘッドホンで再生すると自分で聴こえていたのに近い。ステージで演奏しているミュージシャンから「客席ではどう聴こえていたの?」と聞かれれば、MRシリーズでこのように録音して、こうでした、とプレイバックできるわけです。これは結構面白いですよ。但し、音楽を録音する場合、音楽はミュージシャンのものですから、許可をもらわない限り録音してはいけません。隠し録音は犯罪ですから絶対にダメです!(笑)。