そうなると、MRでバーチャル・リアリティ体験ができるということですね。
そうです。音のバーチャル・リアリティは、1-bit/DSDになって初めてその世界に到達しました。「SACDなんか普及してないのになぜ1-bit/DSDで録音するのか?」と聞かれることもあります。利便性がありアルバムがヒットすれば、そのレコード会社なりは、お金が儲かります。音楽に金銭的な価値を見いだすことがレコード会社という企業の目的の一番目でしょう。しかし、音楽の本質的な価値というのはお金ではないんです。感動とか、演奏の気持ちまで伝わるかとか、音色とか声とか、雰囲気とかフィジカルでシンプルなものです。ミュージシャンの演奏も伝わらないレコードなんかぜんぜん面白くない。ものの見方ですが、経済的価値なのか、それとも感動とか美しいということが価値なのか。これって限られた人生の中で大事なことだと思います。バーチャル・リアリティでお金が儲かった夢を見る人も多いようですが、音の感動の方が美しいしバーチャル・リアリティ体験でいいんじゃないですか?
意外なことにプロのエンジニアの多くが1-bit/DSDやサラウンドの制作を体験してないんです。もちろん夢中になってやってるメンバーもいますよ。理由をたずねると「そんな仕事はクライアントからの発注がない」「手間と時間がかかるのにギャラは同じ。だからステレオでいいでしょ」「どうせそんなの聞いている人は少ない」というのが主な理由でしょうか。彼らは自分の仕事に対していくらお金を払ってもらえるかは最優先で考えますが、扱っている仕事というか音楽を、より積極的にハイレゾリューションで1-bit/DSDで、バーチャル・リアリティ体験ができるようなマスターを作成しようとまでは考えないようです。そんなに難しいことではないんですがね。だったら自分でレコーディングをしようというミュージシャンはより増えると思います。ジャンルを問わず、楽器をやる人にとって、MRシリーズは最強のパートナーになりますね。
それがコルグのMRシリーズで身近になったと......
その通りです。初めてこのクオリティで録れるレコーダーをいきなりこんな価格で出しちゃって(笑)。誰でも買える価格でしょ。こんなレコーダーは現時点で最高級のプロ用のマーケット見回したってこれしかないんです。1-bit/DSDで5.6MHzで録れるレコーダーなんか1千万円出したって売ってないですから。コルグはシンセサイザーなど電子楽器の会社だと思って、オーディオ系のメーカーからはノー・マークだった。いきなり1-bit/DSDの5.6MHzのレコーダーを出しちゃった(笑)。
プロの世界から考えたら、スペックからはあり得ない価格設定ですけど、音質とか音楽の本質的な価値を分かっている人は、マスターの録音にはMR-1000以外で録音するという選択肢はないと思いますね。
しかもこんなに小さく…
そう。こんなに小さくて、しかもバッテリー駆動で。2月にナッシュビルのジョージ・マッセンバーグ(パラメトリック・イコライザーはじめ数々の音響機器の開発も手がける天才レコーディング・エンジニア)のブラック・バード・スタジオを訪ねる機会があったんですが、インタビューをMR-1000で、5.6MHzで廻していたら、もう1時間くらいはDSDの話ばかりでふたりで盛り上がりました。その後、日本に来たときは、MR-1000を即、買って帰りました。ジョージと話したことは.....昔LPだったものがCDになって、さらに96kHzマスタリングのCDが出たり、SACDやDVD-Audioにしたり......6年前に2.8MHzのSACDが登場した頃にも、彼との対談で、レゾリューションがどのぐらいならマスターとして十分か?という話題に夢中になりましたが、96kHzではまだ十分ではないと。その4倍は欲しい。レベルを変えたりEQを変えたりするならその4倍は欲しいと。そうなると384kHzで、それは(データ量としては)5.6MHzぐらいなんです。ジョージは、それ以上は欲しいと。私に言われても困るんですが、強く主張しました。その当時(今でもか?)可聴帯域外の100KHzまで入るSACDなんか必要ないと言う人もいますが、それは間違った考え方です。どうせCDしか出ないのだから44.1kHzで録音すれば良いのかというと、録音した段階からレベルもバランスもまったく触らないならば、それでもCDとしてはベストです。しかしほんの少しでもレベルやフィルターを入れようものなら、元の波形はガタガタと崩れてしまいます。ですから、もとのマスターはなるべく高いレゾリューションで録っておくことが大切なのです。天才ジョージは、そういうことは全部判った上で、誰にでも親切丁寧に教えてくれます。どのぐらいのレゾリューションならイコライジングをしても、後で戻したい時にもどせるかとか。これは例えばデジカメで撮った写真を印刷用にレタッチしたりとかと同じです。携帯電話からでも写真は送れますが、雑誌でカラー・ページに使うにはTIFFで10〜30Mくらいはないと。もちろん圧縮でデフォルメされた非現実の面白さはありますよ。
彼のイコライザー(GML8200)は25周年たった今でもプロ用スタジオの定番です。それはその当時から設計思想はトランスペアレンツです。そしてEQではブーストとカットは同じカーブで、ミキシングでEQしたのを完全に元通りに戻すこともできる。そういう場合には、5.6MHzで録っておいてちょうど良いんです。5.6MHzでマスターを録れば、CDぐらいのものでちょうど良いものになります。もう選択の余地がないですね。マスターは5.6MHzで録るべきです。しかもMR-1000の価格だったら高いから買えないという言い訳はできませんね。プロ用のスタジオで数千万円かけて改装して、MR-1000が入ってないとしたら、それは怠慢以外の何物でもない(笑)。MR-1000はミュージシャンの演奏とかパフォーマンスが「あ、いい音だな、いい音楽だな」という感動まで、あるがままに録れますので、ぜひプロにこそ使って欲しい。ご自分の仕事のクオリティを失うことなくアーカイブできるんです。
しかし、MR-1000のコスト・ダウンは凄い。バランスで入出力を付けてくれただけですごくありがたいですね。実はここだけの話、東京のプロ用マーケットの落とし穴とは、これは音の最高の道具なのにもかかわらず、みんな意外と見た目で判断するところなのです。スタジオで仕事をしている人の感覚からは、これは楽器屋で売ってるし、ポータブルだし、価格はプロ用ではない、だからきっと我々の道具ではないだろう、最初の広告はターゲットが、どちらかと言うとミュージシャンよりでプロは気がついてなかった。つまり、まだほとんどのプロのエンジニアが使用したことがないんですよ(笑)。最先端のプロ用スペックをも超えてしまったコンシュマー製品です。なんだかんだ言う前に音を録って聴いてみなさいよと言いたいですね。ヘッドアンプだけでもこの値段にしては驚異的に良い特性をしています。私はスタジオではGRACE 801を組み合わせていますが(笑)。もちろんGRACE 801のがいいですよ。でもそのまま、あるがままの音をADして1-bit/DSDで5.6MHzで残すにはMR-1000しかないんです。MR-1000はトランスペアレントですから、自分の好みのカラーのヘッドアンプをTRSでつなげば、いくらでも好みのサウンドにすることができるんです。ここまで言っても「ちょっと今週は時間がとれないとか、めんどうだ」とかいう声が聞こえてきそうですね、冗談ですが(笑)。
このMRシリーズを実際にお使いになっているプロジェクトなどは?
MR-1000がサイデラ・マスタリングに来た日から、ステレオのマスター・レコーダーとして使っています。私が扱うすべてのステレオのプロジェクトで使っています。SACDの2.8MHzも作りますが、必ずMR-1000を併行して回します。5.6MHzで録ったものは現段階ではMR-1000で再生するしかないんですが、アーカイブとしてのマスターは5.6MHzで。さらにMR-1000が素晴らしいのは、USB2.0で外部HDDにどんどんアーカイブできますからね。容量を心配する人がいますが、それはそのマスターがどれほど重要なのかで判断してください。録音する価値のあるものを録音してください。いらないものは消すこともできます。録音する価値があるものをアーカイブするから、あとからタイムマシンのように時空を超えて、バーチャル・リアリティ体験ができるわけです。
最近、音楽ではないサウンド・デザインのプロジェクトをいくつかやりましたが、録音のプロではない人にMR-1とマイクを持って行かせました。面白いですよ。リアルなんです。簡単でした。
「どういうマイクを使うと良いのか」という問い合わせが非常に多いのですが、オススメのものは?
今回のインタビューで使っているDPA4093はいいと思います。ステレオなら2つ使うということです。
あとはソニーのS-MasterアンプでTA-DA9100ES(希望小売価格¥682,500)というモデルがあるのですが、サイデラ・レコードではサラウンドのリファレンス・アンプにしています。その付属品の音場測定用ステレオ・マイク(ECM-AC1)が一番気に入っています。ドラムなどには向いていませんが、繊細なマイクです。これは誰かに言わないで、と言われたような気がしますが、まあここだけのヒソヒソ話ということで。そのS-Masterアンプというのはこれがまた、設計思想と音が素晴らしい。つまり1-bit/DSDとかSACDとかGML、DPAとか共通する設計思想とは、トランスペアレントでカラーがないことです。純粋に音楽に対峙できるわけです。MRシリーズと同じベクトルを向いているわけです。最近登場したやはりソニーのTA-F501(希望小売価格¥93,450)というモデルにも同じマイクが付いていることを発見しました。これはひょっとしてDPA1本よりちょい高いだけでおまけにS-Masterアンプもついてくると考えればこれは、MRシリーズとの相性もいいアンプですからオススメしておくべきですね。精密にできているワンポイントステレオのマイクは、プロにも便利、初めての人にも間違いなく正しいステレオイメージで録音できます。
お金がある人には、MR-1000用にショップスのORTFの名器、MSTC64をオススメします。私はこれを20年以上も使用しています。ウインドジャマーを組み合わせれば、かなりの風の中でも音が録れます。
では最後にMRユーザーの方々、これからMRを使ってみようという方々へメッセージをお願いします。
まず、音楽をやっている人は、ライブ・ハウスやスタジオ、ホール、会場のどこの席、あるいはステージ上、どこのポジションで自分の好きな音がしているか。それを見つけることが一番。そこにマイクを置く。そして周りで騒いでるヤツがいないかと(笑)、エアコンの下じゃないかとかね。目の前の景色だけではなく、周りも後もよく見まわしてノイズからは離れる。やむをえずノイズ源の近くで録るしかない場合には、マイクは音源に近づける。でもあまりにギリギリまで近づける必要はないんです。マイクの特性から言ってもメインの楽器からは50cmから1m、あるいは3mぐらい離れるのが普通に聴こえている音です。まあアコースティック・ギターのソロなら20cmっていうのもありますが。それがマイク録音の場合のポイントです。
ミュージシャンを目指す人にもうひとつの使い方として、MRシリーズで録音すると、演奏はそのまま返ってきます。レッスンを受けているなら、先生の音をMRシリーズで録音して、自分の音も録音してみて、客観的に聴き比べるだけで努力せず勉強になります。優れたミュージシャンの演奏とは、それを聞くだけで自分の意識レベルが高まります。同じように演奏できるかは努力次第です。MRシリーズで録音すれば、どう違うのかが手にとるように判ります。